第1話 メイドファイブ破れたり!
                      そして揺らぐ信頼…(後編)

 天地を揺るがす大絶叫と共に、ビリビリとオーラが石切場全体を波紋のように広がる。

「なっ、何や!!」

 鳥肌の立つオーラに度肝を抜かれたイエローの横顔に、飛んでくるように走り寄ってきたジェナの拳が突き刺さる。

 目の前で火花が散ったイエロー。しかし、それだけでは終わらなかった。

 よろめいたイエローの胸元が掴み、引き寄せる。弾力ある二組の巨乳がひっついて潰れた次の瞬間、イエローが嗚咽と共に膝を折ってジェナの胸の谷間に顔を埋める。

 巨乳の影になっていたが、ジェナの膝がイエローの腹部にめり込んでいた。

「あら、痛そう…」

 崩れ落ちるイエローの背中に回り込み、ジェナは右腕を掴んで俯せに押し倒す。

「見てたよ… すごかったね、さっきの… ねぇ?」

「あぁ…!」

 右腕をきつく背中に向けて曲げると、痛みにイエローが覚醒する。

「自分も味わってみようか? ツクリモノじゃない巨乳ちゃん…」

 止めろ! っと声を出そうと思った瞬間に、イエローの肩から鈍い音が響く。

「イヤァァァァァッ!」

 有らぬ方向へ曲げられたイエローの肩が、寒気の出る音と共に“外れた”のだった。

「あぁ、イエロー!!」

 遠くで失神したピンクを抱いたグリーンが、力の出ない四肢を突っ張って青ざめている。

「痛い? 痛いよね… ツクリモノでも痛いんだよ?」

 囁くジェナは、苦痛に顔を歪ませるイエローの頬を嘗める。

「な、何で、こんな事を…」

「何って、アンタの肩を外したかったんだよ。なんなら、もう片方も外してやろうか?」

 背中に馬乗りになったままのジェナの腕が、起きあがろうとして地面を着いていた左腕を掴む。

「いやや、アカンて…」

「フフフ… フゥ、次はどんな声で鳴くのかな?」

 青ざめるイエローを尻目に、興奮状態のジェナの腕に力が籠もる。

「やらせるかぁーーーー!」

「うん?」

 モップを振りかぶったレッドの一撃が直ぐ傍まで迫っていた。イエローの痛がる様に気を取られていたために反応が遅れたジェナは、かわすこと捨てて両腕をクロスする。

 気合いと共に振り下ろされたモップは腕のクロスにぶち当たり、接触の衝撃はクロスをジェナの額に押し付けた。が、その衝撃はたたき付けたモップ自体を粉々に砕いた。

「そ、そんな…」

「そんなモップ、脆いよ!」

 空中にあって隙のできてしまったレッドの首を掴み、ジェナはイエローの背中に上に立ち上がる。

「ツクリモノじゃない首も脆いものよ。換えが効かないのが欠点だけど… 試してみる?」

 冷たくも、燃えたぎる怒りのオーラを含んだ台詞がレッドの背筋を凍らせる。

「アグゥッ!」

 ジェナの足下では、肩を外され、豊かな胸が潰れて呼吸が困難になったイエローが苦痛に歯をくいしばっている。

「二人を離せぇぇぇぇぇ!!」

 ブルーの蹴りが二の腕に決まり、油断していたジェナは体勢を崩してイエローの背中から落ち、レッドの首から指が離れた。

「くぅっ、ブルー!?」

 レッドとイエローの二人から離れたジェナに対し、二枚の奉仕カッターを放つ。その破壊力故に、接触されていると仲間をも傷つけかねないため、捕まっていては放てなかった。

 一撃目がかわされ、かわされた事を想定して着地予想地点へ放たれた二枚目だったが、易々とかわされる。

 だがそれによってジェナと二人を引き離し、割ってはいる事に成功する。

「ブルー、邪魔をするなら、アンタでも許さないよ!」

 目を見開いたジェナの形相に、ブルーは生唾を飲む。妙なアプローチをかけてきた時とは、明らかに目の色が違った。

 二人を軽くあしらった情景を思い出し、ブルーの全身に緊張が走る。

覚悟を決めた瞬間。

「あぅ…」

 一声呻き、突然にジェナは頭を押さえて膝を付き、そのまま四つん這いになる。

 さきのモップが砕けるほどの衝撃は、クロスした腕から額を通り、ジェナは軽い脳震盪を起こしていた。

「チャンスよ、奉仕力ビームに賭けましょう!」

 ブルーの言葉に、呼吸を整えたレッドが立ち上がる。

「けど…」

 喉元を押さえたレッドが周りを見回すと、ピンクに肩を貸したグリーンが近づいてくる。

 イエローの方に目を向ければ、グギリという音が聞こえた。

「大丈夫や… まだ、戦えるで…」

 左の手首にハンカチを結んで端っこを右手で握り、左足で踏むことで支点とし、自ら肩のズレを戻した。

「よい子はちゃーんと、有段者の警察官か病院のセンセに治してもらうんやで、イエローとの約束や♪」

 余裕の台詞に思えても、その表情は節々の痛みに歪み、ヨロヨロと立ち上がる。

 「そうそう肩が外れる子がいたら入院しておろうが」という思いがあるが、あえて突っ込まないガルソン。

「ピンク、グリーン。行ける?」

 レッドが視線を巡らすと、グリーンと意識を取り戻したピンクが頷いている。

「うぅ…」

 視界がグルグルと回っているジェナの目には、上空で目映い光が起き、カラフルな物と重なっているのが見えた。

「…ウチは、未だ、動け…」

 身体に力を入れようとしても、膝が笑って思うように立ち上がれない。

 残った力を振り絞って奉仕力ビームを構える5人。

『奉仕力ビームっ!!』

 五人の声と共に五条の光が放たれ、螺旋を描いて蹲るジェナへと一直線に襲いかかる。

「ちきしょぉぉぉぉぉ!」

 五色の渦がジェナを飲み込んだと思った瞬間、黒い影がジェナとの間に割って入って光を遮り、あまつさえ飲み込んでいった。

「えっ!!」

 光の渦が一通り飲み込まれた後に残ったものは、奉仕力ビームを構えたメイド・ファイブ… それは鏡。いや、鏡のような直径2mはあろうかという円形の盾であった。

「そんな…」

 ガクリとグリーンが腰を落とすと、イエローも脱力して片膝を着く。

「あかん、新手かいな。もう動けへんて…」

 “新手”という言葉に四人の顔に緊張が走り、全身が乳酸に浸されたかのような披露感がわき上がる。

 今のメイド・ファイブは、奉仕力ビーム以上の武器を有していない。

「見当違いも甚だしい。私は戦わぬ」

 その場に響いたのは、ハリのある男の声。

 鏡のような盾がギラリと太陽を反射して横を向くと、そこには甲冑姿の人間が立っていた。

 龍が口を開いたような兜に、独角の水牛の頭を燃した肩飾り、スラリとした四肢を持つ偉丈夫であった。

「あれは…」

 モニター越しの義之には覚えがあった。小・中学校時代に図書室で読んだ、ついこの前作者が亡くなった三国志の漫画を思い出す。鏡のような盾を持つ人物は、その漫画に出てくる武将によく似ていた。

「我が名は馬刀士。ビック・リバーのガーディアンとして、ジェナの身柄をば引き取りに参上した」

 彼の性は馬、名は舜(字:刀士)。中国は今の秦嶺(チンリョン)山脈の外れ天水(テンショイ)で千数百年前に生まれた武人であったが若くして亡くなり、とある女仙の手によって蘇った。濡れ衣を被り刎頸に処された跡が、ハッキリと首に残っている。

 ちなみにイメージボイスは市○治。

 馬舜は何かしらの呪文を唱えると、2mもあった鏡の盾が3分の1ほどの大きさに縮まり、それをマントと背中の間に収める。

「安心いたせ、私は女とは戦わぬ」

 腰には剣を吊してはいるが抜く気配は微塵もなく、メイド・ファイブに背中を向けてジェナの方へと歩いていく。

「本当に、戦う気がないみたい…」

 愛の言葉にホッとする以上、5人の身に震えが走った。

“完全な敗北”、“運の良い撤退”、“敵からのお情け”という言葉が胸を詰まらせる。

「馬将軍。後は私に任せて帰還したまえ。私は彼女達に少々話があるのでね」

「心得ている」

 意識のないジェナの身体を抱き上げると、何処からともなく金属製の馬が飛んできた。

「メイド・ファイブ。機会あらば、また会おう」

 颯爽と金属馬に飛び乗り、意識のないジェナの身体を片手で抱き寄せた馬舜は、余った方で手綱を引く。

 電子音の嘶きを響かせ、空中を踏みしめて飛び上がる。赤いマントを翻し、馬舜を乗せた鉄の馬がグングンと駆け上り、石切場の小山の影に消えていった。

「先に忠告しておくべきだったかな。ジェナ君に対して“ツクリモノ”というニュアンスの言葉は禁句なのだ。彼女自身、アンドロイドであることを、とても気にしているのだよ」

 変貌の様を思い出し、イエローは視線を落とす。

「そして、馬将軍の“盾”。あれは特別でね。相手の攻撃を吸収してしまう代物なのだが、持ち主も、それを耐えられる… まぁ、あるていどは盾自体の効果で弱められ、その攻撃を超える能力を必要とする」

 同じく、鉄の馬は道術によって銀丹と鉄を組み合わせて作られたものであり、乗り手に能力が伴わないと歩きもしない。

 奉仕力ビームの威力に自信を持っていたブルーのこめかみに冷や汗が伝う。

「だが安心したまえ、彼は進んで戦闘に出はしない。女性を傷つけるのを由としないのでね、あくまでも、メイド・ファイターの救出や撤退の援護するための“盾”が彼の役目だ」

 グリーンはハッとなった。ジェナの暴走から倒れ、奉仕力ビームに狙われるまでの間、横目でガルソンの動向を探っていたグリーンの目には、まったく動じず直立不動であったのを面妖に思っていたが、馬舜の存在に自信を持っていたのだと確信した。

 それに加え、一瞬にしてジェナとの間に入ってきた馬舜の能力… 間近にいたとしても、気づかなかったという現実が背筋を寒くさせる。

「あくまでも、我等の目的は“メイド・ファイブの撃破”であって、君たちの命を取ろうとは寸部とも考えてはいない」

「それを信用しろというの?」

「信じたまえ、命を狙うだけなら、君たちはすでに全滅だよ」

 ガルソンの答えに、問いかけたブルーも言葉を詰まらせる。

 たとえ命の心配がないと考えても、勝ち目を見いだせないのではどうしようもない。

「それにしても、君たちは誰のために戦っているのかね。有栖川義之のためであるのは周知であろう。が、それが真実かね? 世界の平和… いや、ビザール帝国からの復讐を恐れ、君たちを盾にしたとは考えないのかね?」

 ガルソンの言葉に、5人は身構える。いつかは来ると思っていた質問であった。

 そう来ればこう答えるつもりであった。「ご主人様にとって、私達は単なる手駒ではない。信頼されているからこそ、自分達もそれに答えるため戦うのだ!」と。

 だが、その質問は予想を超えていた。

「君たちを単なるメイドとしてではなく、あわよくばモノにできる異性として見ているのではないのか。そのために、メイド・ファイブのメンバーとして“確保”としているのは考えないのかね?」

 ビシリと人差し指と中指を揃えてメイド・ファイブに突きつける。

「…………えっ?」(ピンクだけ「ふにゅ?」)

 モニタールームの二人も、とんでもない方向転換に調子を狂わせた。

 思わず顔を見合わせる義之とさやか。

「例えばだ、着替えの最中にノックもなくドアが開いた事はないかね?」

 眼鏡が曇るグリーン。

「昼寝から目を覚ましたら、吐息も届く距離にまで顔が近づいていた事はないかね?」

 目を閉じて眉を潜めるイエロー。

「階段やシャンデリア、高い窓の掃除のさいに、真下から見上げていた事はないかね?」

 そういえば… という顔のブルー。

「浴室でお互い裸の状態でニアミスしたことはないかね?」

 顔中を真っ赤にするレッド。

「なんで知っている!?」という言葉を飲み込む義之だったが、横目でさやかを確認すれば、瞬き一つもせずにモニターを見つめている。心なしか、オーラが漂って見えた。

「下着を干していたら、背後で洗濯物を眺めていたりなんかしなかったかね?」

「うん、あったよ。ブラジャーのカップの大きさ見比べてたぁ!」

 自分が情報源であることなど露知らず、驚きに声を上げるピンク。

 ピンクの台詞が館のモニタールームに響いた瞬間ギロリと睨まれ、慌ててモニターへと視線を戻す。

 イエローのカップの大きさから、「スイカでも運べそう」と考えた事は誰にも言えない。

「な、何を言ってるんだろうね… ねぇ、さやか…さん」

「えぇ… 本当でしたら、“許せません”ね…」

 ザクザクと突き刺さる視線に義之の神経がスルスルとやせ細る。初めてガルソンと会った時以上の量の汗が全身に噴き出した。

「私の話はここまでだ。よく考えてみたまえ… このまま有栖川義之のために戦うべきかどうか…」

「よく考えてみたまえ… このまま有栖川義之のために戦うべきかどうか。自分の知らない所で、他のメンバーがご主人様とニャンニャンな感じになっているかもしれないねぇ…」

 言うだけ言い放つガルソンは楽なもの…

 モニタールームでは、頭を抱えてビクついている義之と、ゴゴゴゴッという効果音が似合う表情をしたさやか。

「讒言だよ…さやかさん」

「わかっています… 嘘でしょうとも… きっとね…」

「あぁ…(なんて恐ろしい敵だ… これほどの距離がありながら、針の筵だ…)」

「では、私もそろそろお暇しょう」

 ガルソンはどこからともなく1羽の鳩を取り出して指先に留まらせ、指を肩の高さにもっていった所で指を振って鳩を放した。

「用があったら私を呼びたまえ。和平のお誘いならいつでもよいが、罠の類は勘弁してほしい。ハッハッハッハッ!」

 鳩は、一緒苦戦に5人の元へと迫り、それぞれの顔の前を横切った。鳩に気をとられている間に、ガルソンの姿は見あたらない。

「またかいな…」

 見事な撤退に対して呟いたのはイエローただ一人。他の4人に言葉はなかった。

 だからといって、イエローが何とも思っていないわけではない。敗北に一番傷ついたのは彼女自身… それを隠そうという思いから言葉が突いて出た。

「戻りましょう…」

 ブルーの言葉に、4人の答えはなかった。





「うぅ… うん?」

 同じ頃、馬舜に助けられたジェナは、軽い目眩を感じながらも目を覚ました。

「気がついたか」

 頭を起こすと、額から濡れた手拭いが落ちた。手拭いを広い、改めて周りを見回すと、湖畔にある涼しい風の通る木陰に寝かされていた。

 ジェナは、今までずっと大木に背を預けて座っていた馬舜の膝に頭を預けていた事に気が付いた。鉄の馬は、隣で座り込んで耳だけ動かして飛んでいる蝶々を払っている。

「うん… 御免ね、ウチ…」

「無茶をしたものだ。怒りにまかせた攻撃は危うい。デリケートな身体なのだから気をつけなさい」

 言葉を終える前に、ジェナが馬舜の胸に飛びついた。

「うぅ…うぇぇぇぇぇ!」

 抱きついているためにくぐもっているが、大きな声を上げて泣き始めた。

「どうした、まるで子供だな…」

 慣れた様子でジェナのいいように胸を預ける馬舜。

「だって、アイツ、ウチの事ツクリモノって言ったぁ!」

「先に口火を切ったのは自分だろう? それに、自分が言われたくない言葉を人に言う事はとてもイケナイ事だ、わかるね?」

「けどっ、けどっ… っく、うぇぇ…」

 泣きじゃくるジェナの頭を、手袋を外した素手で優しく撫でる。

 普通の男のように、巨乳娘が抱きついてきたからといって、あわよくば…と思うような馬舜ではない。胸におしつけられた乳がどんなに弾力の良さを強調していても、平然としている。だからといって、衆道でもナルシーでもない。

「わかっている。だが、相手も知らなかった事ではないか。短気はいけないよ…」

 生身の家族の存在しないジェナにとって、馬舜は兄のような存在であった。いつもハイテンションなヤンキーキャラで通していても、馬舜と二人きりの時は幼子のように弱くなってしまう。といっても恋人という感覚ではなく、あくまでも兄妹感覚。

 近親相姦な気分を狙っているわけではない。ホントよ、狙ってないよ! 多分…

「もう少し、休んでか戻ろうか…」

 優しい言葉を受け、ジェナは今まで抱きついていた馬舜の隣に座りなおす。

「うん…」

 穏やかな時間が過ぎていった…



「ただ〜いま〜♪」

 いつもの調子で秘密部屋に入室するジェナ。それに続き、綿製の着物に着替えた馬舜が入室する。

 馬舜の髪型は、大河ドラマのように長髪を束ねて冠を頂いているわけではなく、現代人のように適当な長さに切りそろえている。

「ご苦労さんよ。どうだい、メイド・ファイブの実力は?」

 最初に馬舜をねぎらったのはイサミであった。

「うむ。なかなかな技であったが、御し得ぬものではなかった」

「なら、俺の出る幕はなさそうだね」

「だが、油断はできない。ビザール帝国を退けた実力の全てを、今日の戦いから見て取れたとは思えぬ」

「そうかい… 楽しみだね。しかし、ジェナがキレた時は焦っちまったよ…」

 イサミの言葉に、二人の視線がジェナを捉える。

 そのジェナに詰め寄っていたのはファーナであった。

「ジェナちゃん! 頭は大丈夫なの? 私がわかる?」

「頭がボケたみたいに言わないでよ。大丈夫だって」

 心配そうなファーナの肩をポンポンと叩く。

「こーんな風にね♪」

 ジェナは、イサミと話し込んでいた馬舜に突進すると首に腕をまわし、肩を蹴るように両足を浮かせる。

 いきなり抱きつかれた馬舜が思わず抱き留めると、世に言う“お姫様抱っこ”の状態になる。

「な、いきなり何をするか! うっ…」

 豊満なジェナの身体を抱き留めた馬舜は、背中から貫通するような視線を感じて振り返る。

「…………」

 大きな腕で小さなお鍋(対比しているため、実際は普通のサイズ)を持ったエレナが、ジッと見つめている。バットタイミングのお手本な状態。

  彼女の夢は“御姫様抱っこ”。その体重故に、半ばあきらめていた。馬舜もなんとかしようとトレーニングに励むが、未だに150kgまでしか抱えられないため、腕を外したエレナの体重でも、ギリギリ支えられない。

 それを知っているジェナは、幾度となく大胆な行為を見せ付けている。

「馬舜ったら、優しいの。ウチの身体を心配して、『もうすこし“ご休憩”で休もうか』って」

 表情の変化は見られないが、エレナの全身からかもしだすものが嫉妬の色を見せる。

「こら、何を言うか!」

 半分は当たっているがニュアンスが凶悪。

「嬉しそうね… 馬舜」

 そう言い残すと、背中を向ける。

「待て、エレナ、誤解だ!」

 体重を思わせないスピードでスタスタと歩いていくエレナ。

「誤解などしておりません。手前の勝手です」

 抱きついていたジェナを丁寧に降ろし、慌てて追いかける馬舜。

「怒るなとは言わぬ。だが、私の言い分も…」

「怒ってなどおりません…」

 表情や抑揚や平然としていても、行動は立腹の色に満ちていた。

「大変だね、将軍。エレナ君はいい子なんだから、泣かせちゃいけないよ?」

 ちょうど向こうからやってきて、エレナとすれ違ったガルソンは、馬舜と行き違う寸前に言葉をかける。

「ガ、ガルソン殿まで、お戯れを…」

 焦りながら首を巡らすが、留まることなくエレナを追いかける馬舜であった。

 それを見ながら笑いをこらえているジェナと、心配そうなファーナ。

 ジェナにとってエレナは母親か姉のような存在であり、馬舜にちょっかいを出して嫉妬させたり、困らせたりする事で反応してくれる事が嬉しくてしょうがなかった。子供が悪戯をして母親の気を引こうとする行為そのものであった。

「もう、ジェナちゃんったら。二人を困らせちゃダメよ!」

 そして、ファーナは性格の対照的な親友か心配性な妹という関係。

「そんな事言って、ファーナも抱っこしてほしいんでしょう?」

「そ、それは…」

 否定せず、頬を赤くして俯き俯き…

「ほ〜んと、楽しそうだねぇ〜」

 いつものごとく、無責任言動のガルソン。

「ガルソン。次は私が行くわ」

 どこを見ているのか、薄暗くもランランとした瞳のアヤメ。

「そうかい、気をつけなよ」

 いつのまにか背後にいたアヤメに驚くこともなく、ガルソンは振り返らずに答える。

 頷くアヤメが目配せすると、ジェナとファーナの問答を眺めていたイサミも頷いた。

「明日も、いい天気じゃといいのぉ?」



所変わって有栖川邸。

 変身を解いた5人を待っていたものは、紅茶とケーキの支度を整えていたさやかであった。

「何、暗い顔をしているの、自分の分くらい自分で用意なさい」

 人数分のシフォンとアイスティーを用意し、各々の席に着いたときまでは暗かった5人の表情も、ケーキの甘さを噛みしめるうちに綻んでいた。

「そういえば、ご主人様は?」

 皆が数口食べる間に半分を食べ終えていた愛が部屋を見回す。

「すぐに来るわ」

 さやかの言葉を見計らったかのように、義之が何か紙片を手に入室する。

「イエロー、お茶を飲んだ後でいいのだが、用事を頼まれてほしい。いいかな?」

 手渡された紙切れを見てみれば、どこか見慣れた住所。すぐに、有栖川家主治医の個人病院であることに気づいた。

「それと、帰ってからでいいんだが、地下のワインセラーの整理を頼みたいんだ」

 どういう意味であるか、他の4人も気がついた。イエローお決まりのサボり場所である。

「ええよ、ありがとう…」

「どうしたんだい。用事を頼まれて“ありがとう”なんておかしいじゃないか」

 義之との問答に、千歳とブルーが顔を見合わせて笑みを浮かべる。

 イエローは知らずに涙が零れた。口の中を切っているため、冷たい紅茶を用意してくれた心配りが嬉しかった。

 小さな事ではあるが、沈んだ心を慰めるには十分の出来事であった。



  若き当主有栖川義之は、夕食後の時間をリビングで過ごしていた。

 広いリビングには、読書に興じる義之と萌枝、野球を観戦中(ただし、優勝決定試合の録画)のイエローの3人。食事の後かたづけの当番以外は思い思いにくつろいでいる。

 普通の屋敷ならば、使用人と主人が同じ空間で暇を潰す事などありえない。が、有栖川では珍しくない光景であった。

「ご主人様。この箱はどうする?」

 そこへやってきたのは箱を抱えた愛。

「それは、確かMr.ガルソンが持ってきた…」

 義之が厚いハードカバーの本を閉じて立ち上がると、仕事を終えたサヤカ達3人も丁度リビングにやってきた。

「何々、それって、昨日のやつ?」

 千歳が駆け寄ると、箱は愛の手からイエローに渡っていた。

「なんやろ、大きさの割に軽いなぁ。別に爆弾て訳でもなさそうやし」

 肩を診てもらい、夕食までワインセラーでの“仕事”に精を出していたイエローは、なんの遠慮もなしに箱を上下に振る。

「ちょっと、よしなさいよ。壊れ物だったらどうするの?」

 というブルーの台詞も既に遅く、底が割れて中身がバラバラとフローリングに広がる。

 よく見れば、市販されているDVDのようであった。

 5人が一毎ずつDVDを手に取る…

「えぇっと、『メイド・ハーレム。夜のご奉仕』…!!」と千歳。

「うっ、『牝メイド。ご主人様に捧げる美肉のフルコース』!!!」と涼子。

「こっちは『眼鏡っ娘メイド。靴下だけは脱がさないで』…???」と萌枝。

「…『緊縛服従。気の強い大女も筋肉に食い込む荒縄と×××(自主規制)』!?」とイエロー。

「『ロリメイド、夜のお兄ちゃんはごしゅ…

「愛は読まなくていいの!」

 と、全てを読む前にサヤカが没収。

 サヤカは他に、一枚の紙切れを見つける。

「っと… 『有栖川義之様、お近づきの印に、我々の情報筋によって判明した貴殿の“ご趣味に添った”お土産をご用意しました。ぜひとも“メイド達とのプレイの参考”としてお楽しみください』…」

 読み終えたサヤカの表情が固まる…

 怒りではない無表情。しかし、その周りには音が聞こえるようなオーラが充ち満ちている。

 拾われた5枚の他にも、一目でその筋であると理解できるパッケージが十数本…

 ギギギギッと5人の視線が槍襖のように義之を刺し貫く。愛の両目はシッカリと涼子の掌で閉じられた。

「違う… 違う… 誤解だ! 濡れ衣だ!」

 後ずさる義之を横目で睨みながら、サヤカは手にした紙切れに続きがあることに気づく。

「なお、書斎の西洋医学書の棚7段目にある黒いハードカバーの中に隠してある、“コレクション”については、内緒にしておきますので、ご安心ください…」

 思わず「まずっ…」と呟いてしまった義之。口に手をあてたのも遅い遅い。

 無言のまま弾けるようにリビングを後にするサヤカ。つられて千歳、涼子も走り出す。

「待て、いや、待って! サヤカさ〜ん!!」

 追いかけようとする義之をイエローは羽交い締めに拘束する。焦りの頂点にある義之には、胸が背中に押し付けられている美味しいシチュに気づきもしない。

 数分後、出演女優がサヤカに似ていると思って手に入れたという“よい子は見ちゃダメ君な”メイド物DVDを筆頭に、内緒にしていたこのサイトでは公表できない内容のDVDコレクション十数本が発見された。

「ゆ、夢が… 正夢に…」

 急遽部屋に戻るようサヤカに言われた愛を除く5人が、書斎で正座した義之を取り囲む。

「男性なんですから、私たちに気兼ねなさることはありませんよ」と呟いたサヤカの表情は、義之に鬼子母神か夜叉のような印象を抱かせた。

 “気にしないで“という反対語の圧力によって、義之はコレクションの処分を(強制的に)決意させられたという…

 ちなみに、同じ内容のDVDデータをコピーしたものが、仕事用書類のデータCDの中に隠しているのは内緒である。しかし、コピーした物の所在がバレていないことよりも、“いつバラされるのか”という新たな不安が義之に去来したという。

 何故バレたのかというと、数日前から有栖川邸に数人のメイド・ファイターが隠れ潜んでいるのだが、それは後に語られる。

 この“書斎のコレクション事件”は、潜んでいたメイド・ファイターによって、生中継でビック・リバーのメンバーにも見られていた。

 ジェナとガルソンがお腹を抱えて大爆笑し、ハレンチなDVDの内容に、馬舜とエレナが赤面した。

「いやぁ〜、うまくいくものだねぇ。このチョイスには自信があるのだよ、ハッハッハッ!

こんどはどんな手を使おうかな〜♪」

「よくやるわ…」

 苦笑するマナ。無論、情報部門として調査報告したのは彼女であった。

「けど、有栖川義之も、よくバレずにあれだけ集めたものね…」

 どっちの責任者も、ちょっとしたものである。